2018年11月6日

低収入や派遣切りで転職を繰り返し、ついに見つけたタクシードライバー!ようやく理想の職場が見つかった。

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PROFILE.
小林(こばやし)さん。タクシードライバー。国際自動車(kmタクシー)株式会社板橋営業所所属。2017年5月キャリア(中途)入社。隔日勤務。趣味はテレビゲーム。(取材:2018年9月5日)

仕事を転々としてタクシードライバーへ。驚くべき職場環境だった。

私は20代で初めての転職をして、そこから10年ほどの短期間で職を転々とするような生活でした。給料が安かったり、派遣切りがあったり、結構大変だったんです。

そしてやっと出会えたのが、タクシードライバーという仕事でした。kmタクシー(国際自動車)に入社して思うのは、職場環境がすごい良いということです。とてもビックリしましたね。

入社した当初、職場に馴染めるか不安だった私は、営業所で会う人全員に自分から挨拶をするようにしました。そうすると、板橋営業所のタクシードライバーの人は気さくに挨拶を返してくれました。そこから世間話なんかが始まって、人間関係のいい職場環境だなと実感しました。

挨拶をされると相手も嬉しいみたいで、ちょっと話が長引いてしまうことも多々ありますが(笑)、営業所で色々な話をするのが、私の楽しみの一つでもあります。

最近はベテランドライバーの方とお話しする機会も増えてきました。SNSのグループチャットに入れていただいて、日々ドライバーの営業テクニックや接客の方法を教えていただいています。班長が飲み会に誘ってくれるので、みんなで飲みに行ってワイワイするのも楽しいですね。

人間関係や職場環境が良いと長く続けたいと思えますが、気軽に話せる仲間がいないと仕事は長続きしません。組織という感じよりも、家族のように仕事仲間とわいわいやっていくのが理想です。kmタクシー(国際自動車)はまさにその「家族のような職場」です。この職場に出会えて本当に良かったと思います。

時代の波にのまれながら、下請け会社を転々とした20代

私はタクシードライバーの仕事をする前は、職が安定しないことで悩みを抱えていました。

昔からバイクが好きで、高校生の頃はバイクを分解したり組み立てたりして遊んでいました。高校を卒業してからは整備士の専門学校に通い、22歳で地元茨城の自動車工場で働きました。

しかし、5年ほど働いても給料は上がらず、月12万という給料では車を買うことはおろか、貯金することもできない状況でした。正直、こんな生活ではやっていられないと考え、職を変えタイヤ工場で働くことを決意しました。

これが私の転職生活のはじまりです。転職をしたはいいものの、整備士と待遇はほとんど変わらず、地元に限界を感じた私は茨城以外で働こうと考えました。

地元を飛び出した私は、当時流行っていた派遣会社に登録をして、愛知の自動車工場で働き始めることにしました。給料はよかったんですが、3年で派遣切りの波にのまれて退職を余儀なくされました。これは堪えましたね。

いったん地元に戻って地デジ特需に沸く工場で働きました。しかしその勢いも衰退し、再び上京して2つのケーブル配線工事会社を渡り歩きました。そして最後の転職先である国際自動車(kmタクシー)に出会いました。

転職ばかりしていた僕がタクシードライバーを適職だと思った2つの理由

タクシードライバーを選んだ理由は大きく分けて2つあります。

ひとつは、車の運転に苦を感じなかったからです。ケーブルの取り付け工事を行っていたときは、北は青森、西は和歌山まで車で走り回っていました。

1日に700kmも走っていたんですよ。すごいですよね。でも、この時の運転があまり苦ではなかったのです。だから車の運転を仕事にすることが向いていると思いました。

もうひとつは接客に慣れていたからです。ケーブルの配線工事をしていた時、お客さまのお宅で工事の説明をしなければいけませんでした。言葉選び一つでお客さまの誤解を招きクレームにつながるため、かなり厳しい接客を叩き込まれました。

この経験はタクシードライバーの接客でも活かせると思いました。今までの自分の強みが活かせそうでしたし、何よりも前職よりも稼げそう、規則的な生活ができる、深夜業務への抵抗がなかった、など様々な理由が重なったということもあります。そうして私はタクシードライバーという職業を選択しました。

タクシードライバーになって苦労した3つのこと

私がタクシードライバーを職業として選択してから苦労したことは主に3つです。

ひとつは第二種運転免許の取得です。

お客さまを乗せて道路を走るには、第二種運転免許を取得しなければなりません。安全運転が何よりも大事です。そこで、トラックを運転していた頃の「片手でハンドルを回す癖」が障壁になりました。癖を直すのにはかなり時間が必要でした。常に両手でハンドルを握ることを意識して練習を繰り返したおかげで安全な運転にはかなり自信がつきましたね。

もうひとつはお客さまを他のタクシーに取られてしまうことです。

常に安全運転を心がけている私は、お客さまを見つけたとしても法定速度を守り、ゆっくりと近づき車を寄せます。しかし、そのすきに他のタクシードライバーが素早くお客さまのところまで車を寄せて、結果として私のタクシーでお送りすることができないという場面がありました。

そこで役立ったのがドライバーズのある記事です。この記事には、「あえて普段からゆっくり運転することによって、お客さまが声をかけやすくなる」ということが書かれています。この記事を読んで私の走り方はがらりと変わりましたね。昔は常に60キロほどで走っていたのが、今では大体40~50キロ程のスピードで走っています。

最後はお客さまの機嫌が悪かった時です。
急いでいたり、個人的な理由でイライラしていたり、朝忙しくてピリピリしていたりと、タクシーに乗る人は機嫌が良いお客さまだけではありません。そんなお客さまの前で道を間違えてしまい、かなりの叱責をいただくということがありました。

しかし、「言葉一つでお客さまの態度は変わる」というのが私の考えです。いつも元気にハキハキと挨拶をすることで、お客さまとのコミュニケーションを図っています。乗車時にどれだけ良い印象を持っていただけるか。これがその後の空気を大きく左右するのです。

いくつもの苦労がありましたが、今は自分なりの考えでタクシードライバーという職に誇りをもって仕事をしています。

タクシードライバーが誇りある仕事だと確信する理由

ひょんなことから弊社・国際自動車(城北)の長谷川社長をお乗せするということがありました。

その時、長谷川社長が仰っていた言葉が今でも心に残っています。「本当にいいタクシードライバーっていうのは、道を知ってるドライバーなんかじゃない。お客さまの希望に沿って運転するドライバーなんだ」

これを聞いて私は衝撃を受けました。さらに長谷川社長は続けて、「お客さまからいかに道を聞き出すか、引き出すかが大切だ」仰いました。この言葉を聞いてから、私の接客は大きく変わりました。長谷川社長の言葉は決して忘れることはないでしょう。

今ではお客さまに必ず「ご希望のルートはございますか?」「いつもはどのようなルートで?」と聞くようにしています。

そうすることで、運転に余裕が出ますし、お客さまの満足度が高くなります。やはり自己満足で運転してはだめですね。私たちは飛行機や新幹線と比べて多大なお金をもらっています。飛行機だと東京-大阪間で数千円なのに対して、タクシーは数キロで数千円の世界です。ただお客さまを目的地にお送りするだけではなく、対価に見合う接客を心がけるべきだと思っています。

「お客さまの希望に沿ってタクシーを運転する」長谷川社長の言葉から辿り着いたこの考え方が、今の私にとってのホスピタリティです。

お客さまの立場に立った運転を心がけ、お客さまを目的地までお送りするタクシードライバーという仕事に私は誇りを持っています。

探し求めていた理想の職場

長きにわたる転職生活をして、最後に出会ったのがkmタクシー(国際自動車)でした。

kmタクシー(国際自動車)は私の理想とする「家族のような職場」です。本当に笑いの絶えない営業所で、仕事終わりはいつも営業所の仲間とくだらない話で盛り上がっています。仕事中は一人でいるので、帰って来た後のこういう瞬間が私はとても好きですね。

先程もお話したように、誇りを持ってタクシードライバーができることに喜びを感じています。

いままではずっと転職してきましたが、ようやく転職生活が終わりました。これからもタクシードライバーを長く続けていこうと思います。

国際自動車ではタクシードライバーの採用を積極的に行っています。
説明会も随時開催しておりますので、是非ご参加ください。

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